数学シリーズ 第2回 / 全4回
ε-N論法とは何か?――「限りなく近づく」を証明できる言葉にする
「 は、 を大きくすると0に近づく」
直感的には当然のように思える。しかし、数学で「近づく」とは、何を満たすことだろう。
何番目まで計算すれば近いのか。途中で少し遠ざかってもよいのか。0そのものに到達しなければならないのか。
こうした曖昧さをなくすために、数列の極限をε-N論法で定義する。
1. 数列の極限の定義
数列 が実数 に収束するとは、
が成り立つことをいう。このとき、
と書き、 を極限値と呼ぶ。
記号を日本語にすると、こうなる。
どれほど小さい正の誤差 を指定されても、ある番号 を選べば、その番号以降のすべての項が から 未満の距離に入る。
注目すべきなのは、 が先、 が後という順番だ。
2. εを先に指定するのはなぜ?
「誤差を0.1以内にして」と言われたら、そこまで難しくない。
でも「0.000001以内にして」、さらに「 以内にして」と言われたらどうだろう。
ε-N論法は、相手がどんな正の誤差を指定しても、それに応じた を用意できることを要求する。
具体的には、
- 相手が好きな を選ぶ。
- こちらが に応じて を選ぶ。
- なら、例外なく が成り立つ。
途中に条件を満たさない項があってもよい。ただし、ある番号より後では一度も外れてはいけない。
ε–N 論法を動かして確かめる
an = 1 − 1/10n、極限の候補は L = 1
- ε:「L からどこまで近ければよいか」という許容誤差。
- N:「何項目以降を見るか」。n ≥ N の項だけが判定の対象。
- 極限とは、どんなに小さい ε を指定されても、それに応じた N を 見つけられること。ここでは ε を 6 通りだけ試しますが、定義はすべての ε > 0 について要求します。
まだ N が小さいため、n ≥ 2 の項の中に ε 近傍の外にあるものがあります。たとえば a2 と L の距離はちょうど 0.01 で、「未満」ではないため条件を満たしません。
この ε に対して条件を満たす最小の N は 3 です (a2 は距離がちょうど 0.01 なので N = 2 では足りません)。
A. 数直線ビュー
- ● n ≥ N で近傍の中
- ✕ n ≥ N で近傍の外
- ○ n < N(判定の対象外)
B. 項一覧ビュー
| n | an | |an − L| | < ε ? | n ≥ N ? |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 0.9 | 0.1 | 満たさない | ― |
| 2 | 0.99 | 0.01 | 満たさない | 対象 |
| 3 | 0.999 | 0.001 | 満たす | 対象 |
| 4 | 0.9999 | 0.0001 | 満たす | 対象 |
| 5 | 0.99999 | 0.00001 | 満たす | 対象 |
| 6 | 0.999999 | 0.000001 | 満たす | 対象 |
| 7 | 0.9999999 | 0.0000001 | 満たす | 対象 |
| 8 | 0.99999999 | 0.00000001 | 満たす | 対象 |
| 9 | 0.999999999 | 0.000000001 | 満たす | 対象 |
| 10 | 0.9999999999 | 0.0000000001 | 満たす | 対象 |
| 11 | 0.99999999999 | 0.00000000001 | 満たす | 対象 |
| 12 | 0.999999999999 | 0.000000000001 | 満たす | 対象 |
表には最初の 12 項だけを載せています。13 項目以降も、 距離 10−n はさらに小さくなるので、n ≥ N の「すべて」で判定が保たれます。 現在は表の中に、条件を満たさない対象の項が 1 個あります。
3. 実際に証明してみる:
次を証明しよう。
まず極限値の候補を とする。
任意の を取る。このとき、必要なのは
である。つまり、
であればよい。
そこで、
と定める。 なら、
が成り立つ。
は任意だったので、ε-N論法の定義から、
証明でやったことは、「どれほど小さい誤差を要求されても、確実に満たす番号を構成した」だけだ。
4. 極限値Lはいつ決まる?
ここは少し重要だ。
先ほどの定義は、ある値 が極限値であるかを判定する条件だった。
一方、「何らかの極限値が存在する」という主張を記号で書くと、
となる。
つまり、 は より前に決まる。 は ごとに変えてよいが、 を誤差に合わせて動かしてはいけない。
実際の証明では、計算や既知の定理から の候補を予想し、その値が定義を満たすことを示すことが多い。
ただし、候補がすぐにわからなくても、コーシー列の判定などを使って極限の存在を先に示す方法もある。
5. 極限値は2つ存在できる?
ε-N論法から、極限値が一意であることも証明できる。
仮に異なる極限値 があるとし、
と置く。
ここで とする。両方が極限値なら、十分大きな同じ に対して、
が成り立つ。
三角不等式を使うと、
なのに となるのは矛盾だ。
よって、極限値が存在するなら、それは1つしかない。
6. 収束しない数列も判定できる
例えば、
は と交互に振動する。
仮にある に収束するとし、 を選ぶ。
十分後ろの項では、 と がどちらも から 未満の距離にあるはずだ。しかし、
となって矛盾する。したがって、この数列は収束しない。
直感的な「行ったり来たりしている」を、厳密な否定の証明にできたわけだ。
7. ε-N論法そのものは証明するの?
ε-N論法は、数列の収束を表す定義である。したがって、「ε-N論法という定義が正しい」ことを同じ枠組みの中で証明するのではない。
証明する対象は、「ある数列がその定義を満たす」「極限値は一意である」といった命題だ。
また、定義を満たす極限値がすべての数列に存在するわけでもない。存在を保証するには、その数列の性質や実数の完備性などが必要になる。
まとめ
- ε-N論法は、数列の収束の定義。
- 任意の に対して を選べることが核心。
- 極限値 は に依存してはいけない。
- この定義から、収束の証明、一意性の証明、発散の証明ができる。
では、そもそもなぜ、これほど厳密に極限を定義したかったのだろう? 次の記事では微分・積分・数値計算につなげて考える。
