TAKEO

TAKEO

数学シリーズ 第3回 / 全4回

なぜ極限を定義する必要があるのか?――微分・積分・数値計算を支える考え方

「0.999…=10.999\ldots=1 を証明するために、極限の定義を学んだ」

では、極限が厳密に定義できると、何がうれしいのだろうか。

その答えは、有限回の計算で作る近似と、連続的な量や無限の和とを、論理的につなげられることにある。

本記事では、極限が微分・積分・無限級数・数値計算のどこで働いているかを具体的に見てみる。

1. 近似と「正確な値」をどう結びつける?

例えば、

an=1−1na_n=1-\frac1n

という数列を考える。nn が大きいほど ana_n は1に近いが、有限の nn では決して1にならない。

それでも、

lim⁡n→∞an=1\lim_{n\to\infty}a_n=1

と言える。

極限は「いつか1に到達する」という意味ではない。要求された精度に対し、ある段階以降のすべての近似がその精度を満たすという意味だ。

この定義によって、「無限回計算した」と仮定しなくても、近似がどの値を目指しているのかを明確にできる。

2. 微分:限りなく短い区間での変化率

関数 f(x)=x2f(x)=x^2 の、点 xx における変化率を考えよう。

幅 h≠0h\ne0 の区間での平均変化率は、

f(x+h)−f(x)h=(x+h)2−x2h=2x+h\frac{f(x+h)-f(x)}{h} =\frac{(x+h)^2-x^2}{h} =2x+h

となる。

hh を0に近づけると、

f′(x):=lim⁡h→0f(x+h)−f(x)h=lim⁡h→0(2x+h)=2x.\begin{aligned} f'(x) &:=\lim_{h\to0}\frac{f(x+h)-f(x)}{h}\\ &=\lim_{h\to0}(2x+h)\\ &=2x. \end{aligned}

ここで大切なのは、h=0h=0 を分母に代入したわけではないという点だ。h≠0h\ne0 のまま0に近づけ、そのときの値を極限として定義している。

インタラクティブ

割線が接線に近づく様子

f(x) = x²、平均変化率 = ((x+h)² − x²) / h = 2x + h

  • 割線の傾き 2x + h2.500
  • 接線の傾き(極限)2x2.000
  • 差(= h)0.5
割線の傾きは 2.500

h = 0.5 のとき、割線の傾きは接線の傾きより ちょうど h だけ大きい値です。h を小さくするほど差が縮み、h を 0 に近づけた先の値 2x が微分係数です。

h = 0 を代入するのではなく、h ≠ 0 のまま近づけます(h < 0 でも同様に 2x に近づきます)。

放物線と割線放物線 y = x² 上の x = 1.0 の点と x = 1.500 の点を結ぶ割線(傾き 2.500)と、接線(傾き 2.000)を描いています。xx + h割線接線

こうして「瞬間の変化率」という直感が、数学的に定義できる。

3. 積分:細かい長方形の面積から曲線下の面積へ

次に、曲線 y=f(x)y=f(x) と横軸に挟まれた面積を考える。

区間 [a,b][a,b] を nn 等分し、幅を

Δx=b−an\Delta x=\frac{b-a}{n}

とする。各小区間の右端を xk=a+kΔxx_k=a+k\Delta x とすれば、長方形の面積の和は

Sn=∑k=1nf(xk)ΔxS_n=\sum_{k=1}^{n} f(x_k)\Delta x

となる。ff が連続なら、区間を細かくしたときの極限は定積分に一致する。

∫abf(x) dx=lim⁡n→∞Sn\int_a^b f(x)\,dx=\lim_{n\to\infty}S_n

つまり、有限個の長方形による近似から、曲線下の面積を厳密に定義できる。

インタラクティブ

長方形を細かくすると面積に近づく様子

f(x) = x²、区間 [0, 1]、右端のリーマン和 Sn

よく使う値:
  • リーマン和 Sn0.468750
  • 積分値 1/30.333333…
  • 誤差 Sn − 1/30.135417
n = 4 のとき、誤差は 0.1354

f は増加関数なので、右端を高さにした長方形は曲線より少し上にはみ出し、Sn は 1/3 より大きくなります。誤差は 1/(2n) + 1/(6n²) で、n を増やすといくらでも 0 に近づきます。

この極限値が、定積分 ∫₀¹ x² dx = 1/3 の定義です。

リーマン和の長方形y = x² のグラフの下の区間 0 から 1 を 4 個の長方形で近似しています。長方形の面積の和は 0.468750 で、積分値 1/3 との誤差は 0.135417 です。011

例えば f(x)=x2f(x)=x^2、区間 [0,1][0,1] で右端を使うと、

Sn=1n∑k=1n(kn)2=(n+1)(2n+1)6n2S_n=\frac{1}{n}\sum_{k=1}^{n}\left(\frac{k}{n}\right)^2 =\frac{(n+1)(2n+1)}{6n^2}

であり、

lim⁡n→∞Sn=13\lim_{n\to\infty}S_n=\frac13

となる。近似方法を明確にし、その極限を取ることで、面積の値が確定する。

4. 無限級数:無限個を足すとはどういうこと?

次の和を考える。

12+14+18+116+⋯\frac12+\frac14+\frac18+\frac1{16}+\cdots

無限個の数を一度に足し算することはできない。

そこで、まず最初の nn 項だけを足した部分和を定義する。

Sn=∑k=1n12k=1−12nS_n=\sum_{k=1}^{n}\frac1{2^k} =1-\frac1{2^n}

そして、無限級数の和をその部分和の極限として定義する。

∑k=1∞12k:=lim⁡n→∞Sn=1\sum_{k=1}^{\infty}\frac1{2^k} :=\lim_{n\to\infty}S_n=1

この考え方は、最初の記事で扱った 0.999…=10.999\ldots=1 と本質的に同じだ。

ただし、すべての無限級数に和が存在するわけではない。例えば 1+1+1+⋯1+1+1+\cdots の部分和は際限なく増え、有限の実数には収束しない。

5. 数値計算:何回計算すれば十分か?

数学の定義は、プログラムにもつながる。

例えば、アルゴリズムが

xn=1−12nx_n=1-\frac1{2^n}

を順番に出力するとしよう。正しい目標値が1だとわかっていれば、誤差は

∣xn−1∣=12n|x_n-1|=\frac1{2^n}

と厳密に評価できる。

誤差を ε>0\varepsilon>0 未満にしたいなら、

12n<ε⟺n>log⁡21ε\frac1{2^n}<\varepsilon \quad\Longleftrightarrow\quad n>\log_2\frac1\varepsilon

とすればよい。つまり、欲しい精度から必要な反復回数を逆算できる。

例えば ε=10−6\varepsilon=10^{-6} なら、n=20n=20 以上で条件を満たす。

ただし注意が必要だ。収束するという事実だけで、常に実用的な反復回数の上限が求まるわけではない。停止条件を保証するには、今回の 2−n2^{-n} のような具体的な誤差評価が役立つ。

6. 極限の「定義」は「存在」を保証しない

極限を定義しただけで、どんな列にも極限値が生まれるわけではない。

例えば、

an=(−1)na_n=(-1)^n

は収束しない。

また、数列が「だんだん狭い範囲に収まる」ことから極限の存在を示したい場合、実数の完備性が重要になる。完備性があるからこそ、実数の中で収束が保証される場面がある。

極限の定義は「何を収束と呼ぶか」を決め、収束定理や完備性は「いつ収束するか」を教えてくれる。この役割の違いは覚えておきたい。

まとめ

極限を厳密に定義できると、

  • 割線の傾きから微分係数を定義できる。
  • 長方形の面積の和から定積分を構成できる。
  • 部分和から無限級数の和を定義できる。
  • 具体的な誤差評価があれば、数値計算の精度を保証できる。

極限は単に「無限を扱うための技巧」ではなく、近似と正確さを結ぶ言葉なのだ。

次の記事では、数列ではなく関数の極限を扱うために、ε-δ(イプシロン・デルタ)論法を見ていこう。