ε-δ論法とは何か?――数列の極限から関数の連続性まで
前の記事で扱ったε-N論法は、数列 a1,a2,… の極限を定義する方法だった。
では、x をある値 a に近づけたとき、関数 f(x) が L に近づくとは、正確にはどういう意味だろう。
この疑問に答えるのがε-δ論法である。
1. ε-N論法との違い
数列の場合、入力は自然数 n であり、「十分先へ進む」という条件を n≥N で表した。
関数の場合、入力は実数 x だ。「a の近くにいる」という条件を、距離で表せばよい。
0<∣x−a∣<δ
つまり、入力 x が a に δ 未満の距離まで近づいたとき、出力 f(x) は L に ε 未満の距離まで近づく、という考え方だ。
| ε-N論法 | ε-δ論法 |
|---|
| 扱うもの | 数列 an | 関数 f(x) |
| 入力の条件 | n≥N | 0<∣x−a∣<δ |
| 出力の条件 | ∣an−L∣<ε | ∣f(x)−L∣<ε |
| 調整するもの | 番号 N | 距離 δ |
本質は同じ。「出力にどれだけ厳しい精度を要求されても、入力側に条件を設けて保証する」ことである。
2. ε-δ論法の定義
a を関数 f の定義域の集積点とする。x が a に近づくとき f(x) が L に収束するとは、
∀ε>0, ∃δ>0, ∀x:0<∣x−a∣<δ⇒∣f(x)−L∣<ε
が成り立つことをいう。ただし x は f の定義域内で考える。
このとき、
x→alimf(x)=L
と書く。
重要な点は2つある。
- ε を先に指定し、それに応じて δ を選ぶ。δ は ε に依存してよい。
- L は ε に依存しない。極限値の候補は固定しておく。
なお、0<∣x−a∣ の「0<」には理由がある。これは**x=a そのものを除く**という意味だ。関数の極限は、点 a での値とは別に考える。
3. 実際に証明する:x2→4(x→2)
次の極限を、定義に従って証明しよう。
x→2limx2=4
任意の ε>0 を取る。必要なのは、
∣x2−4∣<ε
である。左辺を因数分解すると、
∣x2−4∣=∣x−2∣∣x+2∣
となる。
∣x−2∣ は δ で制御できそうだが、∣x+2∣ が残っている。ここで一工夫する。
まず δ≤1 としておけば、∣x−2∣<δ のとき
1<x<3⟹∣x+2∣<5
である。したがって、
∣x2−4∣<5∣x−2∣
となる。
そこで、
δ=min(1,5ε)
と選ぼう。0<∣x−2∣<δ なら、
∣x2−4∣=∣x−2∣∣x+2∣<5δ≤ε.
ε>0 は任意だったので、
x→2limx2=4■
これがε-δ論法を使った証明だ。
✓成立 ― ε = 1、δ = 0.10 のとき
この δ なら、0 < |x − 2| < 0.10 を満たすすべての x で |x² − 4| < 1 です(ずれの上限は 4δ + δ² = 0.4100 ≤ ε)。
この ε に対して条件を満たす δ の上限は √(4+ε) − 2 ≈ 0.2361 です。 ε-δ 論法では「ある δ」を 1 つ見つければよく、最大である必要はありません。
- ━ δ の範囲で ε の帯の中の曲線
- ━ δ の範囲で ε の帯の外の曲線
- ○ x = a(条件から除外される点)
4. なぜx=aを除外するのか?
次の関数を考える。
f(x)=x−1x2−1(x=1)
x=1 では分母が0なので、f(1) は定義されない。
しかし、x=1 なら、
f(x)=x+1
と変形できる。したがって、
x→1limf(x)=2
である。
極限を考えるときに必要なのは、点そのものの値ではなく、その周囲での振る舞いだ。
だから定義には、0<∣x−a∣<δ という条件が入っている。
5. 極限と連続性はどうつながる?
関数 f が点 a で連続であるとは、f(a) が定義されており、
x→alimf(x)=f(a)
が成り立つことだ。
つまり、
- 極限:周囲から近づいたとき、どの値に近づくか。
- 連続:その極限値と、点そのものの関数値が一致するか。
という違いがある。
先ほどの f(x)=(x2−1)/(x−1) は、x=1 で極限値は存在するが、f(1) 自体は定義されていないため、そのままでは1で連続とは言えない。
一方、f(1)=2 と補って関数を定義し直せば、1でも連続になる。
6. 関数が収束しない例
例えば、
f(x)={01(x<0),(x≥0)
を考えよう。
x を0に左から近づけると f(x)=0、右から近づけると f(x)=1 である。
仮に同じ極限値 L が存在するとすると、ε=1/3 に対し、十分0に近い両側の点で
∣0−L∣<31,∣1−L∣<31
が同時に成り立つはずだ。
しかし三角不等式により、
1=∣1−0∣<31+31=32
となって矛盾する。
したがって、この関数の x→0 における極限は存在しない。
まとめ
- ε-N論法は数列の極限、ε-δ論法は関数の極限を定義する。
- 両者とも、出力の許容誤差を先に指定し、入力側の条件で保証する発想は同じ。
- 極限では f(a) の値がなくてもよい。連続性では f(a) と極限値の一致が必要。
- ε-δ論法は、微分や連続性を厳密に考えるための基礎になる。
最初は「0.999… と1は等しいのか?」という小さな疑問だった。しかし、そこを掘り下げていくと、数列・極限・連続性・微積分へと自然につながっていく。
数学では、**「当たり前に見えることを、何を前提にして言っているのか?」**と問い直すことで、理解が一段深くなるのかもしれない。